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休みか仕事か??ロスカボス1996年 PART1

なんでハワイのテーマでUPするの、実に1年ぶり
資料は色々あるのですが
最後のまとめが出来ないためです
見切り発車で行っちゃいますね(笑)


下期旅行パンフレット制作が一段落したころの話。
商品造成箇所ではこの頃から来年の販売促進準備に入る。
少し早いが担当者に呼ばれて事前打合せがあった。その席にこわい(?)上司さまが現れ、ドスのきいた関西弁で「頼むでー」の一言。最初は何のことか理解できなかったが、打合せが進むに連れその全容が判明した。次年度の新しいデスティネーションとしてロスカボスを検討しており、そのための現地取材要請を受けたのである。
ロスカボスとは、アメリカ西部を南にのびるバハ・カリフォリニア半島の先端にあるメキシコの都市、カボサンルーカスとサンホセ・デル・カボを総称していう。すでに他社では商品化していると説明もあった。またホテル、レストラン、オプショナルツアーといろいろ取材注文が多かったことも記憶している。会社に戻り報告、早速誰を行かせるか人選を検討する。というのも、若い人たちに経験を積んでもらいたいので自分は行くつもりはなかった。写真はカリブ取材でお世話になったカメラマンに依頼し、スタッフに20代の若者を指名する。本人は一瞬戸惑ったようでもあり、チャンスをもらってやる気マンマンであったようにも思えた。
その後、限られた日程のなかで膨大な取材内容を整理する打合せを繰り返すなか、ふたたび前述の上司さま登場。「何や、お前が行くんやないのか?」に対して、次のように切りかえした。
「実際に制作を担当するスタッフが現地を見てくる方が効果ありますよ。それに私もその間休暇をとって同行してサポートしますから大丈夫です!」「あほか、お前は」と一言残されて退席。
ということで、この年のハワイ旅行はなし。ロスカボス+ディズニーランドツアーに決定したのである。
(勝手に決めたのではなく、面白そうなところなので行ってみたいという会話が事前に自宅でなされていたことも記録しておこう)

なんで、ロスカボスに行ったんだっけ??
その地を見てみたいというのと、カリブの取材がなかなか面白かったので、まぁ「ノリ」ですよねー。きっと。
てなわけで、カンクンとは反対側のロスカボスに行くことになったのでした。







ロスカボスまでどうやって行くの?

日程は1996年9月2日から5日までの4日間が取材(同行しただけで休みなのだが仕事をさせられた期間)。さらに2日間延泊でようやくフリータイムとなり、今度は極端にほったらかし。
その後、フリータイムはロサンゼルス郊外のアナハイムに移り2泊。ディズニーランドでエンジョイし、日本帰国は9月11日で計10日間の旅行となった。
ロスカボスまでは、まず成田からロサンゼルスへ、ここでアラスカ航空に乗り継ぐ。南国へ行くのになぜかアラスカ航空で、しかもターミナルはなく地べたを歩いて飛行機のタラップを駆け上がる。2時間ほどでサンホセ・デル・カボ空港に到着。入国審査には信号があり、緑だと通過だが赤ランプがつくと手荷物はすべて検査されるシステム。うそと思うかもしれないが「事実」であった。しっかり、わが社のヤングマンが引っかかりなかなか出て来られない。実はメキシコは以前からそうだったらしい。
荷物をあけて何か言われたら、カリブ取材でお世話になった役員から、パスポートケースに現金を入れそれをちらつかせるウラテクニックを教示されていたが、とっさにそんな技は出せるものではない。(賄賂ではなくちらつかせるだけで最初から渡す意思はないというもの。何か言われても反論の方法も教わった。くれぐれも誤解のないよう)

この信号は、カンクンでもありました。
何を基準に赤が点滅するのか、さっぱりわからない。
何かセンサーで察知する?いやいやそんな仕組みなってないよね
どうみても、気分か確率???にしか思えなかった。


●取材開始
あいにく、ハリケーンが上陸し天候はおもわしくなかった。
また、カリブ海には次のハリケーンが発生したという情報も。そんな中、コーディネーターと挨拶がてら取材打合せが始まる。しかし、休暇の話が伝わっていないのか打合せの中心になり、何を決めるにも相談される。それにシュノーケリング体験をする予定が組み込まれておりあ然。奥さんはいいじゃんと言っているが、泳ぎが得意ではない自分にとってはとんでもないことであった。ともあれ、最初のホテルウエスティン・レジーナにチェックイン。有名な建築家が建てた微妙な色と巧妙な造りが特徴のリゾートである。
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このホテルの外観。それなりのオトシの方なら見覚えがあるはず!
日焼け止めとか、その一連のCMでこの外観がぐぁーっと出ていたはずです


このホテル、当時、日本の化粧品のCMの撮影で使われていました。
建物自体が斬新
いかにもリゾートです
ですが、ジャマイカのリゾートよりはカジュアルかも


部屋に入ってゆっくりする間もなく、カテゴリータイプごとの部屋を案内すると電話。いいからとは言えず同行する。やがてレストランの取材も車で外出となり、同行しないと食事にありつけないシチュエーションである。2日間滞在して次の取材箇所へ移動。これも同行しないと次の宿泊ホテルまでの足がない。結局、まんまとはめられて滞在中仕事に首をつっこむことになった。
後半の拠点はプラザ・ラス・グロリアス、こちらはごく普通のホテル。オプショナルツアー候補のガラス細工工場に行ったり、銀細工の店屋を紹介されたり、サンセットの写真を撮るのに、ビーチで我慢我慢となかなかおもろい体験であった。
さて、シュノーケリングだが、催行会社へ案内された後はほったらかしとなった。まずライフジャケットをつけろと言われてびびる。いったいどこまで沖へ行くのか!それにボートは4人乗ったら定員の小舟である。果たして向かうところは、ポセイドンアドベンチャーの津波のような水の壁が舟の前に立ちふさがる大海原(そう思った)。声も出ない。カタコトの日本語で「大丈夫」と言われても大丈夫なわけがないところへ連れていかれたのである。確かに波をのぞけば岩の上でアシカがのんびりしている光景が目に入りすばらしいのだけど。意を決して海に飛び込み、初のシュノーケリング体験。インストラクターが水中めがねのみで先導、岩場の近いところまで来て水中を見るといるいる魚の群れ。その奥にはアシカが泳ぎ、アシカと並ぶように泳ぐインストラクター。いやいや、ほんの30分程度のことであったが貴重な体験をした。ともあれ、普段使わない筋肉を酷使して何とか小舟に戻ることができた。

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大きな波で揺れるだけゆれたボートから見たラバーズビーチです。
このビーチには船できます
泳いでなんて無理無理!
船上タクシーみたいなもんかな
このビーチには上陸しませんでした
今思えば、、残念!!!


後半の拠点となったホテルはさらにカジュアル度が増したところ。ただ、街は賑やかで様々なお店が狭い街にたくさんあった。なかなか面白いところだった。
シュノーケリングをやらせてもらった日は、海は結構荒れていた。ハワイのゆったりとしたのんきなシュノーケリングとはちょっと様子が違ったかも。
潮の流れが速く、ちょっと恐かったけど
魚はわんさかいたなー。冷えた体には買ってもらった大きなボトルのジュースはきつかった。
ラバーズビーチという、舟でしかいけないビーチを横目に小舟でよく行きました。
このときのインストラクターは日本の大学に留学経験のある人だった。
たまたまその大学を知っていた私たち、知ってる知ってるっていったらとても嬉しそうだった。街はそんなに広くないので、その後も道で何度が彼とすれ違ったなぁ。




●その他サプライズの数々

ギグリング・マーリンというナイトスポットに行く。
ショータイムありのディスコとでも言おうか、案内されて中に入るとやがてカメラマンがつかまる。ショータイムとは、お客が何人か引っ張り出されてアトラクションに参加させられるのである。いや、これもはめられたようである。カメラマンのポーズが馬鹿受けし、翌日は街を歩いていると「ケイトー、ケイトー」と人気者扱いとなった。
エル・スクイッド・ローでは、わが社のヤングマンが入って来ない。入り口でIDカードを見せろと言われて入れなかったとのこと。なるほど、彼は年齢にそぐわず童顔である。さらに、店ではあやしい外人にバックをとられる。危ないので早々と退散した。
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このナイトスポットにも、日本からの女の子が2人でいた!
物怖じせずに楽しんでいる様子にかなりビックリした
そして、ロスからバカンスに来ていた若い女性。日本語ベラベラのアメリカ人
なんでも日本に留学していたとか、、
もう、ホントにみんなグローバルなのね
そう、ここロスカボスは若者がバカンスにやってくる街だったようだ(当時はね、今はどうなっているのかなぁ)
ナイトスポットは数件あったし、アクティビティもかなり豊富だった
ゆったりするというよりは色々やって楽しむ。そんなところだったように思い出す


・クジラの写真を借りるため、オプショナルツアー催行会社に行く。(知らないうちにそうなっていた)しかし、ガイドから「アポはとってあるのでお願いします」と撮影に行ってしまった。多少英語は話せてもビジネストークはしたことはないのにとんでもない話だ。結局、何を言っているのか半分しかわからず。「貴重な写真なので」……。顔つきからしてリベート要求みえみえなので、またあらためて連絡すると握手してさよならした(交渉決裂ということ)。シュノーケリングの後だったので、用意されたイスを湿らせてしまったようだが、まあ、いいか。

・サンセットディナーイメージ写真撮影。だがあいにくの天気。モデルまで手配していたが回復せずキャンセルとあいなった。それでもサンセットだけはと、連日夕暮れにビーチで待機。自分は記念にビールの写真を撮った、我ながらなかなかの構図と自慢したい。(が、その写真が見つからない!残念!!)

サンセットクルーズに乗船したはず
そのとき、船の上で若い男の子がジャニーズばりにダンスを披露していた
なかにはなかなか可愛い子もいたんだよねー

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・ダミアナレストラン。ディナーメニューの写真撮影、地元料理のお店でおすすめ料理が出される。そして撮影が終了すると片付けられてしまった。どうせここで食べるのだからそれ頂戴!

・マリアッチの演奏風景撮影、約束の場所にいない。すでに他の場所へ移動し演奏しているとのこと。車で追いかける羽目に。約束を守らないのは礼儀か?

このときは、暑さと疲れでご飯が食べられなくなってきていた
海老の料理が多いんだよね
普段だったら大好きなんだけど、、海老の匂いだけでダメになった
カメラマンを含め、ご飯を食べながらマリアッチの到着を待っていたのだが一向に出てくる気配がない。
ワタシは席に座っているのもかなりシンドク、何度もトイレに席をたったのだが、その時に現地ガイドに、「マリアッチ来ないよ」と言ったんだよね
ガイド、大慌てで携帯かけまくって、もう違うレストランに行ってしまったことが判明
みんなも大慌てで移動したんだっけ。
到着したレストランでは、アメリカ人の家族のディナーの席にマリアッチがいて、いい雰囲気だったので撮影の許可をもらってようやく撮影できた。
たしか、その家族にお礼に日本から持ってきていた、箸置き(陶器でできている、魚とかいろいろな形のやつ)をプレゼントした
レストランもホテルもとにかく迷路のような階段(それも狭い)がたくさんあって、あの日は階段を必死で上がった記憶だけがある。
そして、撮影が終わってなんとか部屋に戻って、持ってきた梅干で一息ついたんだ。


きょうのところはここまでで、、
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Commented by michinaga at 2009-08-04 09:23 x
日本人は童顔に見られるんですよね。この私すら去年のハワイでID見せろと言われた(笑)

結構、世界は狭いと思いました。ロスからあちこち行きましたけれど、あらゆるところで日本人や日本びいきの人に遭遇しましたわ。
一期一会って面白いナーと実感しましたね。まぁ、変な人に出会わなかった分ラッキーだったのかも。
Commented by kate at 2009-08-06 20:43 x
ロスカボス・・・初めて聞く名前です(^u^)

でも、ホテルがゴージャスで、こんな所に
一度でいいから泊まってみたい!!
今はどんなふうになっているんでしょうね~。

こうして読んでると、いろいろな国に行きたいな♪
って思ってしまいます。

飛行機に乗る体力、気力があるうちに・・・(^_-)-☆
Commented by ケイトー at 2009-08-08 11:01 x
ご無沙汰してます。1年ぶりですね~ェ!
MJのダンスは相変わらず踊れません。
就農?されて真っ黒じゃないですか「オクラ」が美味そうです。
Commented by nyanuri at 2009-08-09 23:15
kateさん
飛行機に乗る体力、気力があるうちに・・・(^_-)-☆
そうそう、体力のあるうちに
あちこち行くのがいいよ
まだダイジョウブダイジョウブ
ご主人と一緒に
どうですか
Commented by nyanuri at 2009-08-09 23:17
ケイトーさん

おーおー!
お久しぶりです
お元気ですか??
MJが亡くなったときに、ここでの出来事を思い出しました
就農??まではいかないですが
せっせと毎週通っています
まだまだ、未熟ですがね
by nyanuri | 2009-08-02 23:15 | なんで??ハワイ | Comments(5)