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読書 食堂かたつむり

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へそまがりなんで話題になると買いたくなくなる
それでも気になって気になって
毎日会社帰りに本屋によって
さわって、ページひらいて

ある日突然買う
という、パターン。

中味は話題になっているから、みんな知っているかも、、
TVとかで
最後のおかんとの交流が泣けたってよく聞くけど
ワタシは
エルメスって豚がつぶされるシーンが、がつんときたな

主人公の名前の由来「倫子」
エルメスっていう豚
ジュテームスープ
おばあちゃんのぬかづけ
全部持ってどっかへ消えた恋人

いやいや、なかなか
いい味だしています

最近、ポプラ社がんばってますね

一気に読破
でも、もう一回読む
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by nyanuri | 2008-05-26 16:46 | お気に入り | Comments(2)

1994年 その2

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この写真は、ワイキキサンセットのもの。ショアーズのキッチンの写真がみつからなかったため。

珍道中ご紹介の巻その2(キッチン編Part2)
キッチンの使い方で大間違いの紹介。
ディスポーザーというものがある。なんでも、生ごみを砕き流してくれる便利な設備が流しについている。偉そうに講釈して、本当になんでもつっこんだ。
大丈夫なの?と言われ、平気だと言いながらも気になることがあった。
翌日、なんか臭い。昼間プールからそっと部屋に戻り、フォークでつつくと砕かれないスペアリブの骨が出てくる出てくる。そっと捨ててまたプールサイドへ。戻るのが遅いと追求され、結局その失態は公然の事実となるのである。使用上の注意は必要だ。

そうそう。そんなことがありましたっけ。
匂いに関しては、鼻が利くワタシは絶対におかしいといったんだっけ。
そういえば、ちょっと部屋まで行くといって、なかなか帰って来ない。という時があって
だいたいそういうときは、様子がおかしい。
で、、こんなことになっていたことが発覚したんだ。
とにかく、台所とかいろいろいじくりまわすのが大好き。これに似たことは毎回起きている。


社会復帰をかねて、いざホノルルへ。
まずは初ホノルル観光。
ワイキキ・サンセットからビーチに向かってくると左手にホノルル動物園がある。
ここに行った。2日と短いこともあったし、あちこち回るオプショナルは遠慮と思っていたので、格好の場所である。
チケット売り場で順番を待つ、その前のカップルが日本人であった。「何名ですか?」と聞かれて男性が「ツーピープル」と答えたことに思わず心のなかで笑ってしまった。いやいや、通じたのだからいいのではないか。いけない、いけない。
園内に入り、象のショーを見た。日本とは違い、間近で見られるので驚いた記憶がある。
幼稚園児が遠足に来ているのも見かけた。
のどかなところが都会にもあるものだ。ぶらぶらしているうちに、あっという間に午前終了。

今でこそ、日本にも開放的な動物園や水族館がたくさんできているけど
このころは、あまりなかったような。
のどかに、ゆったり出来る空間で気持ちよかったなー
幼稚園や小学校の課外授業なのかな、たくさんの子供たちが先生と来ていて
楽しそうだった
このあと、ホノルルでは水族館とか美術館とか行くことになる
そのたびに子供たちと遭遇することになるが
身近に勉強する機会があって、楽しくもありうらやましくもあり、、、
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今回は、ワイキキの当時を写真で紹介してみよう。朝のワイキキビーチ、まだ人通りは少ない。今のワイキキと比べていかがであろうか?それほど変わらないような気がする。
歩道の整備が進んだ程度であろうか。

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街中で見たことも紹介しておこう。
はだしで立つ物乞い。着ているものも品祖な黒人が教会の前にいる。それも毎年同じところに立っている。その黒人が何年か見かけるうちに身なりが改善されていく。最近では靴も履いていた。いい商売をしていたのか。
大道芸人も最初は少なかったが、その後だんだんバリエーションが増えていく。
そのころから見かけたのが「I am blind.」のボードを首にかけている人。サングラスの奥からチャリンと投げられるコインの導線を追っているようでならなかった。
それから前身黒塗りならぬ「銀塗り」でじっと動かない人は、お金を入れると少しだけポーズを変える。
ガンシューティングと焼肉のビラ配りもしつこい。ホノルルまで来て何を見ているのか。というか、ショッピングにはまったく興味がないので、言われるがままついて歩くだけ。お店の印象がないので紹介記事はない、あしからず。
そして、来年はもう少し長く滞在しようと思い、帰国の途に着いた。

ホノルルでは、買い物。
といってもまだまだいろいろなお店には行っていない
ガイドブックやらフリーペーパーやらそのころだって情報はたくさんあったはずだけど
多分、街を歩いていて
「あ!入りたい!!」
って思ったところに無計画に入りまくっていたと思う。

クレイジーシャツのクリバンキャットのTシャツをたくさん買ったり
DFSで化粧品をどっさり買ったり
そんなことをしていたような。

焼肉とガンシューティングのビラは
私たちには声もかからなかった
いかんせん、真っ黒で、、とても日本から来たとは認識できなかったと思う
ABCストアのおばさんに
こんなに日に焼けて!!
と、驚かれて、ローションとかのケアをちゃんとしなさい
とアドバイス(注意か)されたのも懐かしいなー。

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by nyanuri | 2008-05-25 10:45 | なんで??ハワイ | Comments(10)
DMというのは一度利用すると懲りずに送られてくるものである。

大概は迷惑だが、この旅行の場合は違った。待ちに待った案内が届き「マウイ4泊・ホノルル2泊」で予約した(実はこのあと、毎年長くなっていく)。

昨年に引き続き航空会社はノースウエスト(予約時に選んだわけではなく後でわかったことだが)。この頃はマイレージの知識も興味もなく、1995年に知人に進められたが、「そう海外に行くわけではない」ので加入しなかった。メンバーになったのは1998年のことである。あとで考えると、それまでのハワイ旅行のうち3回がノースウエスト航空だったのだ。ちょっとした失敗である。

さて、1994年は日程もオリエンテーション場所もすっかり変わっていた。
ホノルル到着後、乗継便は午前発。昼前にはカフルイ空港に到着した。
その後、ブリーフィングルームに案内される。

たぶんカフルイ空港の中だったような。

かくしてマウイでの滞在説明は空港内で行われたのである。ずいぶんとよくなったものだ。
説明終了後、専用バスで各方面へ行くことになる。前年の経験があるので余裕がある。バス内でカアナパリ到着まで爆睡後、ホエラーズビレッジで下車しちょっと散策。

この時は、ホエラーズビレッジ内にDFSがあった。
入場のチケットが配られ1時間くらいここにいたような。


ふらっと覗いたお店に日本の風鈴みたいなものを売っていた。
木魚(木の魚)と貝と流木(?)がつながっており、風が吹いて貝と木が当たるとさわやかな音がする。スプレーで色が塗りつけられておりなかなかのもの。ハワイ旅行記念のみやげとしてご購入。
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流木アートですね。

帰国後、庭先にぶらさげた。このおみやげは色あせたが、今でも庭先に健在である。何と物持ちがよいのであろう。

このあとまたまたバンでカアナパリショアーズへ
昨年同様、ここから先に行く人は少なかった。

コンドミニアムの前の通りはLower Honoapiilani Rd。Honoapiilani Hwyから入ったところだ。
これをまっすぐ行くとカパルアに行けることが後でわかった。ちょっと行くと、ABCストアがあった。さらに歩くと民家があったり、アパートがあったりのどかなところである。
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今はカアナパリショアーズの目の間がスターマーケット。
でも当時は何も無かった。
大きな木があって、タクシーが1・2台ウェイティングしていたような。
目の前のLower Honoapiilani Rdは今も当時とあまり変わっていないと思っていたけど、写真を改めてみるとやはりかなり違うかも。
この通りがいまでも好きだなー。
ABCストアも今みたく立派じゃなくて、ひなびたよろずやさんみたいだった。


車がないとどこへも行けない場所ではあるが、カアナパリまでのシャトルバスやショッピングエクスプレスなどをうまく使うと、ラハイナまでは結構動けるものである。
ラハイナの手前にもショッピングセンター(ラハイナ・キャナリー・モール)があり、ここにも停車する。ここはそれから食材探しによく利用することになる。

セーフウェイがありますね。
ここで、冷凍食品の巨大なスペースから、日本のシュウマイとか餃子を発見したときは思わず笑いました。笑うだけでなくお買い上げして夕飯のビールのおともになりました。


こうした交通機関を利用し、ラハイナからサトウキビ列車に乗車した。
今回のマウイ観光である。
のどかな地帯をがたごとがたごと走る、何とも言えない。

キャナリーモールからラハイナまで徒歩で行ってサトウキビ列車に乗って帰ってきたんだよね。
途中、ゴルフ場の中を走るんだけど
炎天下、、ゴルフしていたのは日本の人だけだった。


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あとはビーチ、プールサイドでぐうたら。
本を読んでいるつもりが、気がついたら自分のイビキで目が覚めるありさま。
いやあー、気持ちよい。1泊多くしただけはあっという間に移動日になってしまうのである。
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このころ毎日何食べていたんだろう。
まだ、ハワイノートも作っていなかった時期なのであまり記録がありません。

持っていった記憶があるのは

チキンラーメン
さとうのごはん
レトルトカレー

あとは、現地でアスパラとかいんげんとかきゅうりとか
そんな日本でもたべているようなものを買って食べていましたね。
でも、最初は肉とか買いました
1パックの量の多さに1度で撤退しました
いくら肉安いとはいえ、、1週間肉・肉・肉って食べ続けられません。


かなぁ。あのころはまだ持ち込み厳しくなかったからな。

本も何冊かは持って行ったけど今ほどじゃない。
なんか行くだけでうれしかったかんじかなぁ。

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by nyanuri | 2008-05-18 23:47 | なんで??ハワイ | Comments(17)

1993年 その2

この時のマウイ滞在は3日間である。
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2日間はビーチやプールサイドでボケッと過ごした。と、思う。

ビーチにいた時に、およそビーチには不釣合いなオウムを肩やら腕やらにいっぱいとめて歩いてきたおじさんがいた。
なんだぁー、と目で追っていたが、どうやらオウムと記念撮影させてくれる商売らしいことが判明。このオウムたちをマウイに行くたびに見ることになる。


マウイ滞在ラストの日にはハレアカラ観光(初観光)に出発!
この観光も私達はハレアカラだけ。
迎えにきてくれたツアーバスはどうやら半日観光と混載だったような、、
ハレアカラ下山後、ラハイナに行って砂糖キビ列車に乗るスケジュールがあったような。
私たちは別の車でバスから離団してホテルに戻ったような記憶が。


日本の富士山に登ったこともないのに、それより高い山にバスで行けるとは世界は広い。
とてもスケールが大きい。山頂付近には、シルバーソードという高山植物が咲き印象的であった。
余談だが、ツアーのガイドは自称「マウイのさんま」。確かに似ている。自己紹介で車内大爆笑だったのを記憶している。
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このアストン・カアナパリショアーズ(現在はリゾートクエスト))の第一印象がよく、以来マウイはここが常宿となった(2003年、タイムシェアを購入するまでの夏休みはずっと)。

第一印象がよく、、っていうのは、構われなさが私達にあっているということだと思う。
また、当時はこのあたり非常にいい感じに何もなく
それもまた合っていたのでは?
なーんか初めて来たのに初めてって気がしない。
田舎のおばあちゃんちに来たみたいな雰囲気だったなぁー。


初めてのハワイ、後半の2泊はホノルルへ。
「マハロ!またマウイへ」のことばに送られてホノルルへ。


ツアーの設定上、こちらもコンドミニアム。
ワイキキビーチからちょっと奥まったアストン・ワイキキ・サンセットである。
残念ながら、あまり覚えていない。
紹介できるのは、日本語が飛び交い外国ではないみたいに感じたこと。日本人目当ての観光地ということだ。
入ったお寿司屋が気に入って、依頼、ホノルルに来る度に立ち寄ることになったお店がある(ホノルルでは自炊という雰囲気ではなかった)。
2日の滞在で帰国の途へ。十分楽しんだが、すでに来年もこのツアーで行くことに心に決めていた(しかも日数を増やして)。

確かにマウイからホノルルに着いたときは、田舎から都会に出てきたって感じ。
目まぐるしさや人の多さ(特に日本の観光客の多さ)には圧倒された。
うひゃー、って感じ。ここを通過して日本に帰って仕事復帰かぁーってつくづく思った。
それから、しばらくはホノルル滞在は社会復帰のための準備の場所(大げさだなぁ)という意味合いが濃くなった。
また、都会に出てきて手軽にご飯も食べられる!という誘惑からホノルルでは自炊はあまりしなかった。滞在日数が少ないこともある。
ハイアットの1Fのテナントのお寿司やさんに何の気なしに入ってしばらくは毎回行っていた。

私たちの弱点は美味しいものがあるとお酒がすすんでしまうってところ。マウイで地味な生活をおくった反動かはたまた都会の明かりに弱いのか、、ついつい散財する結末は今でも続いている。
ホノルルはホノルルの楽しみ方があるってことは、このあと何年かあとに気づくことになる。

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by nyanuri | 2008-05-14 01:33 | なんで??ハワイ | Comments(3)

1993年 その1

ということで、1993年に初めてハワイに行くことになったのでした。
以下色文字はうりのコメントです



■ハワイを選んだ理由:

1)ホノルルへは多くの日本人が行くがマウイ島はそうでもないのではないか
2)コンドミニアムということで、食事が自由(決まった時間、場所に行くのが苦手)
3)仕事でも連絡つきにくく、あきらめられてゆっくりできる(携帯などはそのころなし)

行って見ると:
1)チェックイン時は現地係員がフォローしてくれたが、あとは日本語が通じない
2)まわりを見ても、日本語が聞こえてこない。(大昔好きで勉強した英語力の発揮?)
3)何もないので、オプショナルツアーに参加しないかぎりマイペースボケボケ生活
(腹がへったら食事。喉が渇いたらビール。気づくとよだれたらたら大いびきなど)
などなど、希望通りのこのうえない満足感。気候もよし、また来よう!
てなわけで、今日まではまり続けているのが主たる要因と勝手に思っている。

●1993年デジャブー

ここで当時のツアーの旅の日程表を見た
こんなものまで保存してあるとは、、、恐ろしいダンナくんである。


団体旅行ということで、成田空港集合は出発の2時間前。
テロ以降は早いのは当たり前に感じているが、当時は何て早いんだ!と思った(しかも待たされること)。やっと引渡書と交換で搭乗券を受け取る。名前のところがマジックで消されていた。団体枠で発券した後に席が隣り合わせになるよう調整したのであろう。
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ホノルル空港に着くと、別の現地係員が待っていて案内される。
いやーっ、旅行者の多いこと。
確かドールプランテーション内の説明会場で滞在中の案内やオプショナルツアーの受付をしてくれたと記憶している(あと、ジュースのすっぱいこと)。

そうなんです。今、こんなツアーがあったら絶対!お客様からクレームの嵐!だろうなぁ。
朝8時にはホノルル着いていて、マウイ行きの飛行機に乗ったのは午後1時くらい。
要は、時間稼ぎのためにいったんドールに行ったということですね。
当時はアロハタワー内のOLIOLIパークもなかったはず。
離島に行くのに、いったんドールまで連れていかれていたとは!
これを思い出すまで、私たちはドールに行ったことないと固く思っていたのでした。
でも写真がありました。
行っていたんだ!驚きです。


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とりあえずハレアカラ観光を申し込む。昼食後、アロハ航空に乗り継いでカフルイ空港に到着。今度は、別の係員が待っていた(ハワイ特有のあの体型のおばちゃん)。

今思えば、お姉さんです。その時はみんなおんなじ人に見えた。

方面別(カアナパリ方面とワイレア方面)に専用バスで宿泊先にご案内。バスにはそこそこツアー客が乗ったが、カアナパリエリアに着くとホテル単位でどんどん降りていく。

大抵の人はホエラーズビレッジでいなくなった。
シェラトン、マリオットなど高級ホテル宿泊のお客さんがほとんど。
多分、LOOKのツアーの人と一緒だったはず。

最後は我々ふたりだけ!終点と思いきやバンに乗換えさせられて、それもまた幹線道路に出てさらに走っていくではないか。(若干不安)。
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道路の両側は何もなくサトウキビがしげる中、5分ほどして到着したのがアストン・カアナパリショアーズ。

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ここでも係員が待っていてチェックインの手助けをしてくれたが、それが終わるとさっさと帰ってしまった。おいおい、日本人俺たちだけだよ!

ということで、いよいよマウイ滞在の始まりである。
ルームキーを受け取り、フロアマップをたよりにマイルームへ。開けて最初の感動が待っていた。「住んでいるところより広い!」(でも、慣れるにつれこの感覚も薄れていき、1996年カリブに行った時の比ではなくなる)。「エアコンもある、快適!」(当時はこういう冷房は大嫌いであった)。「キッチンも広い!」3拍子そろったすまいである。

ここで珍道中ご紹介の巻その1(キッチン編Part1)
キッチンにはいろいろな文明の利器が。これは何だろうあれは何だろう?缶切りらしいものがあったが、使い方がわからない。缶を切らず手を切った。誰にも聞けず、キッチン用品店でトリセツを解読、使い方がわかったのは2年後だったか?それ以後、覚えた術を得意げに披露しまくっている。

そのために、スーパーとかキッチン用品売り場を熱心に見て回っていた記憶がある。

洗濯機と我が家にはない乾燥機、食器洗い機。
しかも、使い方はすべて横文字!日本語のトリセツなど何処にもない。いいね、この緊張感。

部屋の散策はこれくらいにして今度は外へ。建物に囲まれた中庭にプールと芝生が。プールの前はプライベートビーチ。やったぜ!
今度はフロント側、駐車場を越えて敷地の外。何もないし、あるのはサトウキビの林だし。いやあ本当にいいところに来たと感じるのは変人だろうか?
さて、この日の夕飯はどうしたのか思い出せない。恐らく、時差も手伝ってそのまま寝てしまったのではないだろうか?

いいえ、違います。
ホテルから歩いて今ほど立派じゃないABCマートを通り越したところに唯一のスーパー
フードパントリーがあって、そこで買い物しました
多分、スパゲッティ作ったかな?
いや作らなかったかも。。。
でも買い物にはいったよ。


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当時を思い出すために、写真を押入れから引っ張り出しました
そのころは、デジカメなどあろうはずもなくすべて紙焼き(プリント)です
ネガはカビがはえてきて処分せざるをえなくなっていましたし、プリントの退色もはじまっていました
そして、プリントに日付がでる機能をことごとく嫌っていた私たちは、、、今とっても後悔することになっています
なんかみんな同じでどれがいつのだかわからなくなっています
そしてそして、、、写真の量の多さに、、、絶句です
そうです、当時はわたしとダンナくんそれぞれ1台カメラ持っていっていました
ダンナくんは1眼レフ、ワタシはバカチョン
撮りまくっていました
どうするんだ!!
こんなにたくさん

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by nyanuri | 2008-05-12 01:17 | なんで??ハワイ | Comments(17)

性格の不一致って?

長く独身生活を続けていた後輩(男子)が
めでたく結婚をした
盛大に結婚式もあげた
新居に引っ越した

きのう
「ちょっとお時間いいですか?お話が、、」
ときたので、もう子供誕生!!

なーんてにやにやして話しを聞いた
がーん
結婚して1週間で離婚へむかっていた
そしてこのGW明けに、正式に手続き完了だそうだ

理由はいろいろある
あるけど
そんなの結婚する前にわかれよ!
って。。
あっけにとられた。

「結婚」っていうことに、お互い舞い上がっていたのね
性格の不一致って
性格が一致する相手なんか世の中にいないんじゃないのかいな

出っぱったところも、凹んだところも、いいとこも、やなとこも
ぜーんぶひっくるめて付き合っていくんじゃないのかなぁ

毎日の生活なんてそんなもんだよ

これに懲りずに、いい出会いをしてね
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by nyanuri | 2008-05-09 15:22 | ぶちぶち | Comments(7)

はじめに

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GWが終わりました。
今日から平常運転。わが家は4連休でしたが、近年まれに見る
仕事もしない純粋な4連休でした。
この休みの間に、わがダンナくんは毎日せっせと何やら整理をしてました。
狭い我が家、掃除をするから邪魔といえば、夕方暗くなるまで車の中まで様々なものを持ち込んでやっていました。
で、、できたのが2冊のクリアファイルにおさまっています。
今までの海外旅行の記録だそうです。
チケット類はこのクリアファイルに
経費関係はエクセルのファイルに
そして本日、ワードのテキストがメールとともにやってきました
あとは画像さえ揃えば立派な記録です
本人は自分でHPもブログもやる気がないそうなので、ワタシのブログのカテゴリを1つ増やして、本人の許可をとりつけて不定期にUPすることにしました。
以下はダンナくんの文章がメインです
注釈はワタシ

More
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by nyanuri | 2008-05-08 00:37 | なんで??ハワイ | Comments(8)

5月です!

きょうから5月です
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畑の周りは、すっかりこどもの日モードになっていました
こいのぼり
柏餅

いやぁ!5月も美味しいものがいっぱいですね

明日いけば、4連休です

出かける予定はないんだけど
いろいろやることあります!
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by nyanuri | 2008-05-02 00:57 | せいかつ | Comments(1)